日本における税金の歴史Column

vol.0021
ラボン博士

日本における税金の歴史

今回は、税金の歴史を繙いてみようかの。昔、授業で聞いたような話しが沢山出てくるので、思い出しながらみていこう。

1.弥生時代(紀元前4~5世紀頃⇒紀元後3世紀頃まで)

「魏志倭人伝」に、卑弥呼という女王が国を治め、穀物や織物などの貢物が納められていたという内容の記録があり、これが日本の税金に関する最古の記述と言われておるのじゃ。

2.飛鳥時代(574年頃~710年頃)、奈良時代(710年頃~794年頃)

大化の改新で税金が制度化されたと言われておる。公地公民制度が敷かれ、それまで豪族が支配していた土地と人民を国家の所有にして、その土地を人民に与え(口分田)て、税金を納めさせるという形ができたのじゃ。

その後、「大宝律令」で、租・庸・調という当時の中国(唐時代)の制度を真似た租税制度に引き継がれていく。これらは、基本的には物納と労役の提供という形の税じゃ。 奈良時代に入ると、税の重さに耐えかねた農民が口分田を捨てて逃亡するようになり、耕地が荒れるようになったのじゃ。

このため、当時の朝廷は、新田を開発した者に土地を所有することを認める法律を作って、農民の不満をやわらげようとしたのじゃが、結果は失敗じゃった。貴族や寺社が新田開発に乗り出して自らの所有地を増やすようになり、権力構造が変わっていくことになる。


3.平安時代・鎌倉時代・室町時代(794年頃~1574年頃)

この流れで平安時代に突入し、公地公民の制度が有名無実化する。大きな寺社や貴族が自分たちの土地を農民に作らせて年貢を納めさせる荘園制度に変わっていったのじゃ。

鎌倉時代に入ると、守護や地頭というのが幅を利かせて、農民には年貢の他に公事と夫役(ぶやく)という税が課せられるようになるのじゃ。また、この頃になると市場が生まれ、商業者が集まって「座」という組合が作られるようになり、「座役(ざやく)」という税金が課せられた。

鎌倉時代は、武家政権の時代じゃから、課税権は次第に荘園領主(貴族)から武家に奪われるようになっていくのじゃ。

室町時代に移ると、年貢の他に、商工業の発展もあって新しい税が生まれる。

「地子(ぢし)」といって、領主が田畑や山林、宅地などに賦課した税。「段銭(たんせん)」は、寺社の造営みたいに臨時の出費があるときに課された地域限定税。「棟別銭(むねべっせん)」は、家屋の棟数に応じて課された、現代の固定資産税みたいな税じゃ。

「関銭(せきせん)」は、関所の通過税。「津料(つりょう)」は、「津=港」なので、港の施設の維持管理費用の調達目的税じゃ。武家政権になって税の種類が増えたのじゃな。


4.安土桃山時代・江戸時代(1575年頃~1868年頃)

いよいよ近代の扉が開く安土桃山時代じゃ。なんといっても、豊臣秀吉の「太閤検地」が有名じゃな。それまで農地の面積だけで決めていた年貢を、土地の面積を正確に把握するだけでなく、土地ごとの収穫高も年貢を決める要素に入れたのじゃ。

これは制度としては明治初期の税制まで存続することになる画期的なものじゃった。しかし、やり方は画期的でも、農民にとっては、収穫の3分の2も持っていかれる過酷なだけの税制度だったのじゃ。

江戸時代に入っても、基本的には年貢制度を引き継いでいる。そして、徳川幕府の中央集権とは言っても、大名(藩)がそれぞれの領国を支配する制度のため、税率は各大名が決めていたのじゃ。

江戸時代の税の中心は年貢制度ではあったが、酒や醤油など、後の世の専売品を扱う業者に対する免許税みないな税も生まれている。これらは、時代劇なんかでよく登場する「冥加金(みょうがきん)」とか「運上金(うんじょうきん)」という名称で課されているのじゃ。

また、江戸時代も中盤になると、自然災害などによる大飢饉もあって、年貢の引き下げを要求する「百姓一揆」が多発するようになるのじゃ。その後も、天保の大飢饉などがあり、農民は重税に喘ぎながら幕末を迎えることになる。


5.明治・大正時代(1868年~1926年)

明治に入り、税の世界も様変わりする。年貢が消え、いよいよ「税金」が誕生するのじゃ。

明治の初めこそ、年貢から地価の3%に課税する「地租」制度を導入して一揆を招くなど、しばらくはドタバタが続いたが、1887年(明治20年)に所得税が導入され、1899年(明治32年)には、いよいよ法人税が登場するようになるのじゃ。

と言っても、所得税なんぞは高額所得層だけに課されたので、名誉税とか言われておったそうじゃ。 現代の税制度に通じる本格的な税制改正は、この1889年(明治32年)が出発点と言ってよいじゃろう。

日清戦争終了後と言うタイミングで、所得税法が抜本改正され、法人所得税、利子税、個人所得税の三種に区分されて、法人税法が施行される1940年(昭和15年)までこの基本的な体系が存続することになるのじゃ。

大正時代は、戦費調達の関係もあって新税が作られるなど増税が続くものの、第一次世界大戦勝利の好況で法人所得税収が一気に増加した時代でもある。


6.昭和(1926年~1989年)から平成(1989年~2019年)へ

1940年に税制改正が行われて、税の体系がかなり組み替えられたのじゃが、目玉は「源泉徴収制度」の導入じゃな。1946年には新憲法の公布で、納税が国民三大義務の一つとして明文化(憲法第30条)されたのじゃ。

1950年にはアメリカのシャウプ博士の勧告に基づいて税制改革が行われ、所得税の累進課税とともに青色申告制度が導入されておる。

1988年に抜本的な税制改革が行われ、その一環として消費税が導入されたのじゃ。この後も毎年なにがしかの税制改正が行われ、この流れが平成の時代に引き継がれ、今日に至っておるのじゃ。

こうやって見てくると、税の歴史は権力者の歴史でもあることがよくわかるの。国民主権の時代となった今日では、毎年、税制改正大綱というのが与党から示され、政府はこれに沿って税制改正案を国会に提出するという流れになっておるのじゃ。




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